キャリアアップ助成金の実務|正社員化コースの要件と申請の順序
監修
山永 航太 株式会社コテラス 代表取締役CEO/一般社団法人 人的資本経営推進協会 事務局長
立教大学 異文化コミュニケーション学部卒。2016年 楽天(株)グローバル人事部で新卒採用と人事企画を担当。2020年 (株)LabBase で採用コンサルティング部門の立ち上げ責任者を務め、2022年に株式会社コテラスを創業。2025年より一般社団法人 人的資本経営推進協会 事務局長。
■ この記事の要点
- キャリアアップ助成金の正社員化コースは、非正規社員を正社員へ転換した事業主が使える制度である
- 対象要件は「6か月雇用」ではなく「正社員と異なる雇用区分の就業規則等の適用を通算6か月以上」
- 手続きは計画書提出→転換→賃金6か月支払い→申請の順で固定。計画書は転換日前日までの受理が条件
- 賃金上昇率は時間当たりで比較し、総額16.7%増でも時間当たり2.06%で不支給になる例がある
- 支給額は重点支援対象者該当で区分が変わるが、有期通算5年超はみなし無期となり区分が下がる
※ 本記事中の助成金の制度内容・対象要件・申請手順等は、公開時点(2026年9月13日)の情報に基づきます。制度は年度途中でも改定される場合があるため、申請時は厚生労働省・所轄労働局等が公開する最新の公式情報をご確認ください。
キャリアアップ助成金とは何か
非正規社員の正社員化・処遇改善に取り組む事業主を支援する制度で、正社員化コースが最も利用されている区分である。
制度の所管は厚生労働省で、正社員化コース以外にも賃金規定の改定や社会保険の適用促進などのコースがあるが、本記事は「非正規社員を正社員へ転換したい」という相談で最も検討される正社員化コースに絞って扱う(厚生労働省)。
制度の細目は年度ごとに更新される。支給額や重点支援対象者の要件など、年度で変わる数値は本記事では扱わない。 申請時は必ず当該年度の公式資料を確認する。
対象労働者の要件は何か
対象要件は「転換前に6か月以上雇用している」ではなく、**「賃金の額または計算方法が正社員と異なる雇用区分の就業規則等の適用を、通算6か月以上受けていること」**である。実際の雇用期間が6か月を超えていても、非正規社員向けの就業規則・賃金規定が整備されていなければ、この時点で対象外になる。
相談を受けたときにまず確認する3点は次のとおりである。
| # | 確認すること | ここで外れる場合 |
|---|---|---|
| 1 | 転換を予定している日より前に、キャリアアップ計画書が受理される見込みか | 順序が逆になり、対象外になる |
| 2 | 正社員とは異なる雇用区分向けの就業規則・賃金規定が整備されているか | 規定が無ければ、実態の雇用期間に関わらず対象外 |
| 3 | 対象者の雇用区分と、その区分の適用期間が通算6か月以上あるか | 適用期間が足りなければ対象外 |
この3点に加えて、雇用形態そのものの判定も必要になる。
| # | 確認すること | 該当する場合 |
|---|---|---|
| 1 | 転換前の雇用形態は、有期雇用労働者・無期雇用の短時間労働者・派遣労働者のいずれかか | 該当しなければ対象外(既に正社員・無期フルタイムの者は対象にならない) |
| 2 | 事業主・取締役等の3親等以内の親族、新規学卒者(雇入れから1年未満)、過去3年以内に正規雇用労働者だった者のいずれかに該当するか | 該当すれば対象外 |
| 3 | 「正規雇用労働者化することを条件に」有期雇用等で雇い入れた者ではないか | 該当する場合、転換とみなされない可能性が高い |
いずれの要件も、条文上は正確に読み替える必要がある点に注意する。「6か月雇用」という粗い理解のまま進めると、規定の有無という入口で外れていることに気づかないまま検討を進めることになる(厚生労働省Q&A、キャリアアップ助成金のご案内)。
支給額はどう決まるか
支給額は「重点支援対象者」に該当するかどうかで区分が変わり、該当する場合の方が高くなる(厚生労働省)。具体的な金額は年度で改定されるため、申請時点のパンフレットで確認する。
判断に迷いやすいのは、次の4つの境界である。
| # | 境界 | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | 有期雇用の通算5年超 | 有期契約が通算5年を超えた労働者は、助成金上は無期雇用労働者として取り扱われ、「雇入れから3年以上の有期雇用労働者」の要件から外れる。長く雇用しているほど区分が下がる逆転が起こる |
| 2 | 過去の無期雇用歴 | 転換日の前日から過去3年以内に、その事業所で無期雇用労働者として6か月以上雇用されたことがある者は、現在の契約が有期でも無期雇用労働者として扱われる |
| 3 | 前職の離職理由 | 雇入れ3年未満の「不安定雇用者」該当性は、前職を正社員として勤めて離職後1年以内だと原則満たさないが、離職が事業主都合等であれば満たす。離職理由まで確認しないと判定できない |
| 4 | 公式に明示のない論点 | 契約更新や派遣期間をまたぐ通算の数え方など、パンフレット・Q&Aに直接の記載が無い論点は、判断を確定させず所轄の労働局へ個別に確認する |
支給申請時には確認票(様式第3号1-5)の提出が求められ、正社員化コースは1事業所あたり年度で申請できる人数に上限があるなど、区分をまたいで確認すべき事項が複数ある。該当性が変わると支給額の区分も変わるため、転換を実施する前の段階で確認しておく必要がある。
申請はどの順序で進めればよいか
申請は計画書提出→転換→賃金6か月分の支払い→申請の順序が固定されており、この順序を逆にすると不支給になる。
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| 1 | キャリアアップ計画書を、転換の実施日より前に労働局・ハローワークへ提出する |
| 2 | 計画書提出後に、対象労働者を正社員へ転換する |
| 3 | 転換後、正社員としての賃金を6か月分支払う |
| 4 | 6か月分の賃金を支払った日の翌日から起算して2か月以内に、支給申請を行う |
とりわけ重要なのは、**計画書が「転換日の前日までに、不備のない記述で受理されている」**という条件である。書類に不備があり、受理が転換日以降にずれ込んだ場合、その不備を再提出で補っても、対象になるのは再提出以降の取組に限られる。厚生労働省のQ&Aでも、この順序の逆転が不支給の失敗例として挙げられている(厚生労働省Q&A)。
「計画書を出したかどうか」ではなく「転換日の前日までに、不備なく受理が完了しているかどうか」で見ることが、この手順の要点になる。
よくある不支給理由は何か
不支給理由の中心は、賃金上昇率(転換前後で3%以上)の算定ミスである。実費補填的な手当(通勤・住宅手当等)、月ごとに変動する手当(時間外手当・歩合給等)、賞与は、いずれも算定の対象から除く。
算定にはもう一つ、見落としやすい非対称なルールがある。転換前の賃金は実際の支給実態で算入できる一方、転換後に新しく手当を加えて上昇分に含めるには、その手当が就業規則に規定されていることが条件になる。 転換前後で同じ扱いにできると考えていると、この非対称性でつまずく。
比較は原則として時間当たりで行う。所定労働時間が転換前後で変わる場合、総額の増加率だけを見ると要件を満たしたように見えても、時間当たりで比較すると届いていないことがある。厚生労働省が示す例では、総額では16.7%増加していても、時間当たりでは2.06%にしかならず、3%以上の要件を満たさないというケースがある(厚生労働省Q&A)。上昇率は切り上げではなく、2.99%のような僅差でも要件を満たさない場合があり、支給後の追給も認められない。
なお、企業型確定拠出年金(選択制)に関する取扱いは、2026年10月1日以降の転換等から変更される予定であり、それより前の転換には経過措置がある(厚生労働省Q&A)。転換の実施時期によって適用ルールが変わる論点として、事前に確認しておく対象になる。
賃金設計の段階で、厚生労働省が公開している賃金上昇要件確認ツールを使って試算しておくと、申請後に算定ミスが判明する事態を避けやすい。
社労士に相談すべきタイミングはいつか
計画書提出の前と、賃金設計(上昇率3%以上の算定)を確定させる前の2箇所は、事前に確認しておくと不支給のリスクを避けやすい。いずれも、後から取り返しがつかない工程だからである。
重点支援対象者の該当性のように公式資料に判断基準の明示がない論点は、本記事の整理だけで確定させず、所轄の労働局に個別に確認する。制度解釈そのものに踏み込む判断は、社会保険労務士に相談する対象になる。本記事は自社で確認できる範囲の整理にとどめている。
まとめ
キャリアアップ助成金の正社員化コースが使えるかどうかは、制度の有無ではなく、対象労働者の要件判定と、計画書提出→転換→賃金支払い→申請という手続きの順序を守れるかで決まる。特に、計画書が転換日の前日までに不備なく受理されていることと、賃金上昇率を時間当たりで正しく算定することの2点が、不支給を分ける実務上の要点になる。
支給額や重点支援対象者の要件は年度で改定されるため、申請時点の公式資料を確認したうえで、判断に迷う論点は労働局・社会保険労務士に確認する運用を勧める。
よくある質問
正社員化コースで、企業が最初につまずくのはどこか
多くの場合、転換や賃金改定を先に実施してから、キャリアアップ計画書を提出しようとする点でつまずく。計画書は転換より前に、不備なく受理されている必要があるため、制度を知った時点で登用を実施済みだと、その対象者では申請できない。対象労働者の要件(雇用区分・適用期間・除外要件)で入口から外れているケースも同じくらい多い。
賃金上昇率の算定で、特に注意すべき手当は何か
通勤手当・住宅手当のような実費補填的な手当や、時間外手当・歩合給のように月々変動する手当、賞与は算定の対象から除く。転換と同時に所定労働時間が変わる場合は、総額ではなく時間当たりで比較する必要があり、総額の増加率だけを見て判断すると要件を満たさないことがある。
重点支援対象者の判定で、実務上判断に迷いやすいのはどんなケースか
有期雇用の通算期間が5年を超えるとみなし無期に該当し、区分が変わる。契約更新をまたぐ通算期間の数え方や、派遣として就業していた期間を経て直接雇用に切り替わった場合の通算の扱いなど、公式資料に直接の記載がない論点は、所轄の労働局へ個別に確認する。
就業規則が整っていないと、対象労働者から外れることはあるか
外れる。対象要件は「6か月以上雇用している」ことではなく「正社員と異なる雇用区分の就業規則等の適用を通算6か月以上受けている」ことのため、非正規社員向けの就業規則・賃金規定が整備されていなければ、実際の雇用期間の長さに関わらず対象外になる。