助成金・補助金

業務改善助成金でAI・システム投資を通す|対象設備の判定と申請手順

山永 航太 監修

山永 航太 株式会社コテラス 代表取締役CEO/一般社団法人 人的資本経営推進協会 事務局長

立教大学 異文化コミュニケーション学部卒。2016年 楽天(株)グローバル人事部で新卒採用と人事企画を担当。2020年 (株)LabBase で採用コンサルティング部門の立ち上げ責任者を務め、2022年に株式会社コテラスを創業。2025年より一般社団法人 人的資本経営推進協会 事務局長。

■ この記事の要点

  • 業務改善助成金は、賃金引上げとセットで設備投資を補助する制度である(令和8年度は50円以上の引上げが条件)
  • AIツールや業務システムの導入も対象になるが、「生産性向上に資する」ことの立証が要る
  • 申請の可否は設備の内容ではなく、事業場内最低賃金と引上げ額の設計で先に決まる
  • 賃上げは翌年以降も続く固定費で、助成金は一回限りである。設備価格から賃上げ額を逆算してはいけない
  • 賃金の引上げには年度ごとに定められた実施期間があり、その前に引き上げた分は対象にならない
目次

業務改善助成金とは何か

事業場内で最も低い賃金を引き上げ、あわせて設備投資を行った中小企業に対して、その費用の一部を補助する制度である。賃金引上げと設備投資はセットで、片方だけでは対象にならない。

制度の所管は厚生労働省で、申請先は事業場のある都道府県労働局となる。助成率は引上げ前の事業場内最低賃金によって、助成上限額は引上げ額のコースと引き上げる労働者数によって変わる(厚生労働省)。

制度の細目は年度ごとに更新される。申請時は必ず当該年度の公式資料を確認する。 本記事では判断の順序を主に扱い、年度で変わる数値は令和8年度のものに出典を付けて示す。

自社が対象になるか

入口で確認するのは、中小企業要件・事業場内最低賃金の水準・不交付事由の3点である。設備の話に入る前に、ここを確認する。

当社では、相談を受けたときに次の順序で判定している。

# 確認すること 該当しない場合
1 中小企業に該当するか(資本金または常時使用する労働者数のいずれか。みなし大企業でないこと) 対象外
2 事業場内最低賃金が、今年度の改定後の地域別最低賃金を下回っているか 対象外。すでに上回っている事業場は申請できない
3 解雇や賃下げなど、不交付事由に当たる事実がないか 対象外
4 賃金引上げも設備投資も、これから実施するものか 対象外。実施済みのものは助成されない

要件はいずれも厚生労働省「令和8年度業務改善助成金のご案内」に基づく。

多店舗を運営している場合、判定は事業所ごとに行う。 本社が対象外でも、ある店舗が対象になることがある。逆に、対象になる事業所を選ばずに全社で検討すると、入口で止まる。

もうひとつ、助成額を実質的に決めるのが引き上げる労働者数の数え方である。ここに数えられるのは週20時間以上の雇用保険被保険者に限られる。パート中心の店舗では、人数を積んでも上限額が想定ほど伸びない。制度を知った時点で確認すべきは「使えるか」ではなく、**「どの事業所で、誰を、いくら上げるか」**である。

すでに賃上げしてしまった場合

賃金の引上げには、年度ごとに実施期間が定められている。令和8年度は9月1日から地域別最低賃金の発効日前日までで、それより前に引き上げた分は対象にならない(同資料)。

ただし、4月に先行して賃上げした企業が必ず申請できないわけではない。引上げ後の水準がまだ改定後の地域別最低賃金を下回っていれば、申請自体はできる。 その場合、そこからさらに50円以上を上乗せする設計になるため、実質的に断念するケースが多い、というのが実態である。

設備についても同じで、交付決定より前の発注・契約・導入は対象外となる。

賃金と設備、どちらを先に決めるか

賃金が先である。 ただし「賃金設計で何が決まるのか」を正確に押さえておく必要がある。

賃金設計で決まるのは助成上限額であって、助成率ではない。 助成率は引上げ前の事業場内最低賃金で決まっており(令和8年度は1,050円未満なら4/5、以上なら3/4)、賃上げの設計では動かせない。動かせるのはコース(50円・70円・90円)と引き上げる労働者数、つまり上限額の枠だけである(厚生労働省「令和8年度業務改善助成金のご案内」)。

賃金を先に決める理由は2つある。

1つめは、上限額が決まらないと設備の予算枠が決まらないこと。 支給額は「費用×助成率」と「上限額」の低いほうになる。枠を知らずに設備を選ぶと、超えた分がそのまま自己負担になる。

2つめは、設備価格から賃上げを逆算する危険である。 賃上げは来年以降も続く固定費で、助成金は一回限りだ。「この設備を通すために90円コースで8人」と積めば上限額は上がるが、その賃上げ分を毎年払い続けることになる。賃上げ額と人数は、助成金がなくても払えるかどうかで決める。 設備はその結果として決まった枠の中で選ぶ。

なお、見積を先に取ること自体は問題ない。 申請時に必要になるものである。交付決定前に避けるべきは、発注・契約・導入である。

AI・システム導入は対象になるか

対象になる。ただし汎用端末が絡むかどうかで判定が変わる。

公表されている対象経費は「機械設備、コンサルティング導入や人材育成・教育訓練等」である(厚生労働省)。AI・システム関連に当てはめると次のようになる。

導入するもの 判定
業務システムの導入 「機械設備」に整理される。生産性向上の立証が必要
導入支援のコンサルティング 「コンサルティング導入」に該当。成果物と目的の明示が必要
操作研修・社内教育 「人材育成・教育訓練」に該当
業務用パソコン・タブレットの新規購入 **原則対象外。**特例事業者のうち物価高騰等要件に該当する場合のみ、新規導入に限り対象

つまり、AIツールそのものより、それを動かす端末で詰まる。 端末を含む計画では、見積の段階でシステム本体と端末を分け、特例事業者要件の該当可否を最初に確認する。特例事業者の利益率要件は経理側の判定になる。

計画段階で労働局に確認すべき2つの論点

次の2つは、交付要綱とQ&Aの読み方で結論が変わる。発注前に、管轄の労働局に確認することを勧める。

  • サブスクリプション型の費用の扱い — 初期構築費と月額利用料が一体の見積になっている場合、どこまでが対象経費になるか
  • 本部で導入するシステムを、店舗ごとの申請にどう載せるか — 申請単位が事業所ごとであるため、費用の按分の考え方が問題になる

見積の段階で、初期構築費と月額利用料を明細レベルで分けてもらう。 これをやっておくと、後の実績報告がそのまま通る。

生産性向上をどう立証するか

導入前後の工数を数字で比較する。「効率化が期待される」という記述では足りない。

ここは外注できない部分である。 どの業務に何時間かかっていて、導入で何が減るかを書けるのは、業務量を知っている申請企業だけだからだ。

当社では、次の3項目が埋まるかどうかで申請の可否を判断している。埋まらない項目がある場合は、申請を見送るか、実測を先に行う。

項目 記入例 埋まらない場合
対象業務 月次の勤怠集計と給与計算の前処理 業務を特定できていない。範囲を絞る
導入前の工数 月20時間(担当1名・手作業) 実測がない。1か月計測してから申請する
導入後の見込み工数と根拠 月4時間。ベンダー提示の処理時間と自社のデータ件数から算出 根拠がない。ここが空欄なら申請しない

3項目目が要である。数字だけでなく、その数字がどこから出たかをセットで書く。

申請の手順と時系列はどうなるか

交付申請から始まり、交付決定を受けてから事業を実施し、結果を報告して支給される流れになる(厚生労働省)。この順序自体が要件である。

交付決定より前に賃金を引き上げたり、設備を購入したりすると対象外になる。社内に賃上げをアナウンスする前に、申請のスケジュールを確定させておく必要がある。

事業完了期限にも注意する。 納品日・支払完了日・賃金引上げ日のうち最も遅い日が事業完了日となり、これが期限内に収まっていなければならない(令和8年度は1月31日)。契約の形をこの期限に合わせて決める。 分割納品や検収の遅れで支払完了が翌月にずれると、要件を満たさなくなる。

そして、設備の判定と賃金の設計は並走させる。 賃金の実施期間と申請期限が固定されているため、設備側が固まってから賃金側に着手すると、期限を過ぎる構造になっている。

なお令和8年度の交付申請の受付開始日は2026年9月1日である(厚生労働省)。受付期間は年度ごとに設定されるため、着手前に確認する。

よくある不採択理由は何か

公表された統計はないが、要件の構造上つまずきやすいのは次の3点である。いずれも申請書を書く段階で気づける。

  • 賃金引上げが実施期間の外になっている — 年度ごとに定められた期間の前に引き上げていると、その分は対象にならない
  • 設備と生産性向上の関連が書けていない — 前節の3項目目が空欄のまま提出している
  • 設備を先に選んでしまった — 賃金要件で弾かれ、計画の作り直しになる

どこまでを自社でやり、どこから専門家に渡すか

原則は**「設備の話は申請企業自身、賃金の話は社会保険労務士」**である。ただし入口の足切りだけは、相談に行く前に自社で済ませておくとよい。公開情報で当たりがつくため、明らかに外れる場合に専門家の時間を使わずに済む。

範囲 誰がやるか
入口の足切り(中小企業要件・事業場内最低賃金の水準・不交付事由・事業所の選定) 自社(相談前に済ませる)
設備の判定と生産性向上の立証 自社。業務量を知らないと書けないため外注できない
事業場内最低賃金の正式な算定、コースと人数の確定、就業規則への反映、交付申請書の作成・提出 社会保険労務士

社労士に渡す範囲の核は、書類の形式面ではなく事業場内最低賃金の正式な算定である。月給者の時給換算や算入除外手当の扱いによって、対象可否・助成率・コースが変わり得る。厚生労働省も、算出が難しい場合は労働局への相談を案内している(厚生労働省)。

当社は申請書の作成・提出を行っていない。「どの設備で、何が変わるか」を申請企業が整理する手前までを支援する立場である。

まとめ

業務改善助成金でAI投資を通すには、賃金引上げの設計を先に固めることが要点となる。設備の選定はその後である。

そのうえで押さえるべきは、賃金設計で動かせるのは上限額の枠だけであること、賃上げは翌年以降も続く固定費であること、そして賃金の引上げには年度ごとの実施期間があることの3点である。

制度要件は年度で変わる。申請時点の最新資料を確認したうえで、解釈が必要な論点は管轄の労働局および社会保険労務士に確認する運用を勧める。

よくある質問

4月にすでに賃上げをしてしまいましたが、申請できますか

引上げ後の水準が、改定後の地域別最低賃金をまだ下回っていれば申請自体はできます。ただし賃金の引上げには年度ごとに実施期間が定められており(令和8年度は9月1日から地域別最低賃金の発効日前日まで)、その前に引き上げた分は対象になりません。そこからさらに50円以上を上乗せする設計になるため、実質的に断念するケースが多くなります。

賃上げ額を増やせば、助成率は上がりますか

上がりません。助成率は引上げ前の事業場内最低賃金で決まっており(令和8年度は1,050円未満なら4/5、以上なら3/4)、賃上げの設計では動かせません。賃金設計で動かせるのはコースと引き上げる労働者数、つまり助成上限額の枠のほうです。

AIツールを導入したいのですが、パソコンの購入も対象になりますか

業務用パソコンやタブレットの新規購入は原則として対象外です。特例事業者のうち物価高騰等要件に該当する場合のみ、新規導入に限り認められます。端末を含む計画では、見積の段階でシステム本体と端末を分けたうえで、特例事業者要件の該当可否を先に確認してください。

設備の見積もりは、いつ取ればよいですか

見積を先に取ること自体は問題ありません。申請時に必要になるものです。交付決定より前に避けるべきなのは、発注・契約・導入です。ただし見積の金額に合わせて賃上げ額を逆算することは勧めません。賃上げは翌年以降も続く固定費で、助成金は一回限りだからです。

社会保険労務士には、どこから相談すればよいですか

賃金側からです。事業場内最低賃金の正式な算定、コースと人数の確定、就業規則への反映、交付申請書の作成・提出が社会保険労務士の領域になります。一方で、設備の判定と生産性向上の立証は業務量を知らないと書けないため、申請企業自身が行います。入口の足切り(中小企業要件・事業場内最低賃金の水準・不交付事由・事業所の選定)は公開情報で当たりがつくので、相談に行く前に自社で済ませておくと専門家の時間を有効に使えます。

監修
山永 航太(代表取締役CEO/一般社団法人 人的資本経営推進協会 事務局長)
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