育成・研修

社員教育の設計|階層別と職種別のどちらから作るか

山永 航太 監修

山永 航太 株式会社コテラス 代表取締役CEO/一般社団法人 人的資本経営推進協会 事務局長

立教大学 異文化コミュニケーション学部卒。2016年 楽天(株)グローバル人事部で新卒採用と人事企画を担当。2020年 (株)LabBase で採用コンサルティング部門の立ち上げ責任者を務め、2022年に株式会社コテラスを創業。2025年より一般社団法人 人的資本経営推進協会 事務局長。

■ この記事の要点

  • 社員教育の体系づくりで最初に迷うのは「階層別」か「職種別」かだが、正解はどちらか一方ではなく組織の状態で決まる
  • 民間の教育体系図は「縦軸=階層、横軸=研修テーマ」が定石だが、厚生労働省「職業能力評価基準」は職種が先でレベルが副軸という逆の構造を取っている
  • 判断の物差しは2つ。階層ごとの期待役割が言語化されているか、職種の多様性・専門職比率が高いか
  • 両方の軸を同時に作ろうとすると破綻するのは運用の巧拙ではなく、マス目の数と実施体制の算数が合わないため
  • 体系が機能しているかは、研修の満足度ではなく対象者に対する受講の充足率で見る

※ 本記事中の法令・公的基準に関する記載は、公開時点(2026年9月13日)の情報に基づく一般的な整理です。制度内容は変更される場合があるため、実務で参照する際は所管官庁等が公開する最新の公式情報をご確認ください。

目次

社員教育の「体系化」とは、そもそも何を指すのか

誰に・何を・いつ学ばせるかを、一貫した基準で整理することを指す。そしてこの体系化には法的な裏づけがある。

職業能力開発促進法第11条は、事業主に対し「その雇用する労働者に係る職業能力の開発及び向上が段階的かつ体系的に行われることを促進するため」の計画を作成するよう努めなければならない、と定めている(e-Gov 職業能力開発促進法)。同条第2項は、作成した計画を労働者に周知し、第12条で選任する職業能力開発推進者を活用して円滑に実施するよう努めることも求めている。

いずれも努力義務であり、罰則を伴うものではない。重要なのは、法が「段階的かつ体系的」という要件を示す一方で、その段階を階層(等級・役職)で刻むのか、職種で分けるのかという軸そのものは企業の裁量に委ねていることである。設計の出発点は、法令ではなく自社の状態から決めることになる。

教育体系を設計するとき、なぜ「階層別か職種別か」で最初につまずくのか

世の中に出回る教育体系図の多くが「縦軸=役職・等級、横軸=研修の種別」という表形式を定石として示しているため、この型をそのまま採用できる組織とできない組織の差が、設計に着手してから初めて表面化するからである。

この定石には合理性がある。部署ごとに業務内容が大きく異なっても、「階層ごとにどういう人物であってほしいか」を先に描けば全社で統一できる、という考え方に立っている。だが前提として、階層ごとの期待役割が言葉になっている必要がある。産労総合研究所の調査(2022年・回答166社)では、「求める人材像を定義している」企業は56.8%にとどまる(産労総合研究所)。4割を超える組織では、階層別の枠組みを先に置いても、各階層に入れる中身が決まらず、研修名だけが並んだ体系図ができあがることになる。

もう一つの壁が職種の異質性である。職種ごとに求められるスキルが大きく異なり、専門職の比率が高い組織では、全社共通の階層別研修に対して現場から「自分の仕事に関係ない」という反応が出やすい。定石どおりに作ったのに機能しない、という事態は、この2つの前提が満たされていない場合に起きる。

階層別と職種別、どちらを最初の設計軸にすべきか

**「階層が先」は唯一の正解ではない。**判断は、階層の明確さと職種の多様性という2つの物差しで行う。

この対比は感覚の問題ではなく、設計思想の違いとして実在する。厚生労働省が56業種で整備している「職業能力評価基準」は、能力を業種別→職種・職務別に整理し、レベル1(担当者相当)からレベル4(複数の現場・店舗などを束ねる責任者相当。文言は業種ごとに異なる)までの段階を、職種の中の副軸として置いている。公開されているキャリアマップの図も、縦に職種、横にレベルを取る構造である(厚生労働省 職業能力評価基準レベル区分の考え方の例)。

**これは教育体系の推奨資料ではなく、能力評価のための基準である。**そのまま教育体系のテンプレートとして使うものではない。それでも、「職種を大枠にして、その中で階層を刻む」という設計が国の整備したツールとして成立している事実は、民間の定石が絶対ではないことを示している。

自社がどちらに近いかは、次の観察点で判断できる。

物差し 具体的な観察点 強ければ
階層の明確さ 等級定義書・昇格要件が文書として存在し、各等級の期待役割が行動レベルで書かれているか 階層別を主軸にする
職種の多様性・専門職比率 職種の数と、職種固有スキルが業務の中心を占める人の比率。全社共通研修に「自分の仕事に関係ない」という声がどれだけ出ているか 職種別を主軸にする

**両方とも弱い場合は、体系の設計より先に、等級ごとの期待役割を言語化するところから着手する。**この状態でどちらの軸を選んでも、中身のない体系図ができるだけだからである。

決めた軸から、体系をどう組み立てればよいか

主軸を1本に決め、その系列だけをまず作り切る。もう一方の軸は、最初から格子として敷かない。

両方の軸を同時に作ろうとすると何が起きるか

マトリクスの破綻は、運用の巧拙ではなく算数の問題として起きる。階層5段階×職種6種なら30マス。マスごとに研修を置けば、年間30本の企画・調整・実施が発生する。

これを回す側の体制はどうか。前掲の産労総合研究所の調査では、人材開発スタッフは平均5.9人で、8割以上の組織が他業務との兼務である。299人以下の企業では兼務率が100%、スタッフ1〜2人という組織が約3割を占める(産労総合研究所)。そもそもOFF-JTの実施率自体、規模によって大きく開く(JILPT 調査シリーズNo.257)。30マスを全部埋める体系は、この体制の現実と両立しない。

破綻の出方は、構造上3つに整理できる。これは調査で確認された類型ではなく、マス目の数と実施体制の関係から導かれる帰結である。

  1. 研修の本数が実施能力を超え、計画表のまま年度が終わる
  2. マスを細かく切るほど1マスあたりの対象者が数人になり、開催最低人数に届かない研修が大量に残る
  3. 体系図が複雑になりすぎて、現場の管理職が「どのマスに誰を出すか」を判断できず、結局は従来から続いている研修だけが動く

いずれも、体系図の完成度と体系の稼働率が逆相関する形になっている。

したがって、もう一方の軸は、必要が確認できたマスにだけ後から研修を置く。体系図の空白は欠陥ではなく、「まだ投資判断をしていない」という情報として扱う。

予算はどう考えればよいか

体系全体に薄く配るのではなく、主軸として選んだ側の優先順位に沿って、節目に集中させる。

前提として、教育予算の規模感を押さえておく。厚生労働省の令和6年度「能力開発基本調査」によると、OFF-JTに費用を支出した企業における労働者一人当たりの費用は年1.5万円である。そもそもOFF-JTに費用を支出した企業は49.4%と約半数にとどまる(厚生労働省 令和6年度能力開発基本調査)。上場企業などを対象とした産労総合研究所の調査(回答159社)では従業員一人当たり36,036円だが、対象企業も費用の定義も異なるため、厚労省調査との単純比較はできない産労総合研究所 2025年度 教育研修費用の実態調査)。いずれにせよ、全員に薄く配れば一人あたり年1万円台から3万円台の世界であり、その配り方では誰の行動も変わらない。

配分の実態も、薄まきではなく節目集中を示している。同じ能力開発基本調査で実施されているOFF-JTの内容を見ると、「新規採用者など初任層を対象とする研修」75.4%が最多で、「新たに中堅社員となった者」47.5%、「マネジメント」46.6%、「新たに管理職となった者」44.2%と続く。上位4つのうち3つが、入社・昇格によって新たにその立場になった者への研修である。

配分の順序は、選んだ主軸によって決まる。

  • 階層別を主軸にした場合: 役割の変化が最も大きい段階から。多くの組織では新任管理職がこれにあたる
  • 職種別を主軸にした場合: 人数が多く、事業成果への影響が大きい職種から

全マスに薄く配ると、どのマスでも変化が起きず、翌年の予算折衝で「効果があった」と言える材料が残らない。まず1か所に集中して効果を説明できる状態を作り、翌年度そこを起点に広げる。予算の付け方そのものが、体系を育てる順序になる。

効果はどう見ればよいか

個々の研修の満足度ではなく、対象者に対する受講の充足率で見る。

体系が機能していないときに最初に出る兆候は、「今年は誰を出せばいいのか」が現場で答えられなくなることである。体系上は対象者が決まっているはずなのに、毎回人事が個別に依頼して人を集めている状態は、体系が判断の基準として機能していないサインになる。次に出るのが、計画に載っている研修が期中に流れ始めることで、優先度の低いものから業務都合で延期・中止になり、充足率が落ちていく。

**この2つは、受講後の満足度アンケートでは検知できない。**研修の効果測定について、HR総研の調査(2020年・有効回答246件)では、中堅社員研修を対象とした設問で受講時アンケートが60%と突出して多く、効果検証をしない企業も17%、効果測定のKPIを設定していない企業は中小企業で89%に上る(HR総研。いずれも同調査が対象とした研修についての数値である)。研修評価の標準的な枠組みであるカークパトリックの4段階モデルで言えば、受講後アンケートは第1段階「反応」の測定にすぎず、「正しい人が、正しいタイミングで、計画どおり受けているか」という体系の稼働そのものは測れない。

前提として、体系は放っておけば流れるのが標準状態である。能力開発基本調査では、能力開発に「何らかの問題がある」とする事業所は79.9%にのぼり、内訳は「指導する人材が不足している」59.5%が最多で、「人材を育成しても辞めてしまう」54.7%、「人材育成を行う時間がない」47.4%と続く(厚生労働省 令和6年度能力開発基本調査)。業務都合に押されて計画が流れることは、例外ではなく前提として織り込むべき条件になる。

だからこそ、機能しているかどうかを感覚で判断せず、充足率のモニタリングを体系の設計時点から組み込んでおく。

まとめ

社員教育の体系づくりは、「階層別か職種別か」の二択ではない。階層ごとの期待役割が言語化されているか、職種の多様性・専門職比率が高いかという2つの物差しで、どちらを主軸にするかを決める。国の職業能力評価基準が「職種が先、レベルは副軸」という構造を取っている事実は、民間の定石である「階層が先」が唯一の解ではないことを示している。

主軸を決めたら、その系列を作り切る。両方を同時に格子として敷くと、マス目の数と実施体制の算数が合わずに破綻する。予算は節目に集中させ、効果は満足度ではなく充足率で見る。体系図の空白は欠陥ではなく、まだ投資判断をしていないという情報である。

よくある質問

階層別と職種別、どちらから作るのが正解ですか

組織の状態で決まる。等級定義書や昇格要件が文書として存在し、各等級の期待役割が行動レベルで書かれているなら階層別を主軸にする。職種の数が多く、職種固有スキルが業務の中心を占める人の比率が高いなら職種別を主軸にする。どちらも弱い場合は、体系の設計より先に等級ごとの期待役割を言語化するところから着手する。

階層別と職種別を組み合わせたマトリクス型では駄目ですか

最初から全マスを埋める前提で作ると破綻しやすい。階層5段階×職種6種で30マスになり、それぞれに研修を置けば年間30本の企画・実施が発生する。人材開発スタッフは平均5.9人・8割以上が兼務(299人以下の企業では兼務率100%)という体制の実態と両立しない。主軸を1本決めて作り切り、もう一方の軸は必要が確認できたマスにだけ後から置く形が現実的である。

教育予算はどこから配分すればよいですか

主軸として選んだ側の節目に集中させる。階層別を主軸にしたなら役割の変化が最も大きい段階(多くは新任管理職)から、職種別なら人数が多く事業成果への影響が大きい職種からになる。OFF-JT費用は支出した企業でも労働者一人当たり年1.5万円程度であり、全員に薄く配る配り方では行動は変わらず、翌年の予算折衝で効果を説明する材料も残らない。

教育体系が機能しているかは、どう確認すればよいですか

研修後の満足度アンケートではなく、対象者に対する受講の充足率で見る。「今年は誰を出せばいいのか」を現場が答えられない、計画に載っている研修が期中に流れ始める、という2つが機能不全の初期兆候になる。いずれも満足度では検知できないため、充足率のモニタリングを体系の設計時点から組み込んでおく必要がある。

監修
山永 航太(代表取締役CEO/一般社団法人 人的資本経営推進協会 事務局長)
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